Dec 27, 2009

志村正彦

大親友が亡くなりました。
どうしたらいいかがわかりません。
なんとかならないのかなってずっと考えてます。でも時間が経つばっかりでどうにもなってません。
ピンとこないというのも事実です。
ブログも書かない方がいいのかなと思いましたがそれも辛くてやっぱり書こうと思いました。

彼と出会ったのは2002年くらいでお互い下北とか新宿でliveやりはじめたころです。
妙に気があって最初は作る音楽とか機材とか好きなバンドとかで惹かれ合ってそれからはただ友達としてほんとに自然にお互いの家を行き来したりするようになりました。

用事がないと人と会ったりすることがなくなってきた20代に突然中学の友達関係みたいにただ暇だからいまから家にいくよという関係は僕にとってすごく居心地が良かった。男女の恋愛には『お別れがある』というのが常に頭の端っこの方にちらついてしまってた自分なんですが親友というのはよほどのことがない限り終わりを感じないという価値観が僕にはありました。それに一緒のバンドのメンバーではないことも強く言い争ったりしないので僕らにはプラスでした。

それでも中学生の友達関係というのは熱しやすく冷めやすく卒業までには仲のいい順番がかわってたり違うグループになってたりするものでそんな感じでまたお互い会わなくなったりするんかなとかも思ってました。
ふつうはそんなこと考えたりしないんだろうけどなんか20代の僕はそうゆうところを何故か冷静に考えたりしてました。

でも不思議とそうならず僕が引っ越したら彼もすぐ近くに引っ越して来てくれました。
最終的には同じマンションに越してきました。同じマンションなのはたまたまで僕んちの間取りが気に入ったからそうしただけですとか言ってましたが。

『一緒のマンションて気持ち悪いなーおまえら』みたいなことも笑って言う人もいました。

でもぼくはなんか嬉しかったです。頼りにしてくれてんだなーて。僕の方が年上ですからね。
まーそんなこと彼に言ったことはないですが。


志村はいつも電話をくれました。 逆にこっちが電話をしたらちょっとそっけなかったりもしました。
あれはどういう心境なのかよくわかりません。たぶん追われるより追う方が性にあってたのでしょうか。

『そっちいきまーす』

数分後ピンポンを連打。

おまえそれうるさいからやめろっていってもアイスコーヒー持ってにやにやしてるだけ。

部屋では音楽聴いてyoutube観てTVダラーッと観て帰る。といったことが週に2、3回。

タバコの灰はすぐこぼす 

飲み物は5分の1残して置いていく



んでたまにこっちが遊びにいくと30分くらいで無口になりやがる。

つかめない男でした。でもそこが魅力だったから僕も可愛かったのだと思う。



この6、7年そうやってきたからどう変わればいいんだ?

なのでいまは寂しいだけです。
フジファブリックとしての彼の事はそんなに知りません。そこに関してはメンバー、スタッフの悲しみは想像を絶します。

ただ僕は大親友を亡くしました。



でも多くの人が今回の事で僕のことを心配してくれて支えてくれています。ほんとに嬉しいです。
できるだけ早くしっかりしなきゃと思っています。

東京に来て出会った親友と呼べるのはメンバー以外に彼だけです。






Kubo Diary O.N.E.DAY

CALENDER

  December 
Su Mo Tu We Th Fr Sa
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

CATEGORIES

NEW ENTRYS

Powered by PLum blog 1.1